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  開設 2017年10月9日 心に思うがままに                                                                 

沈丁花の花が咲く

まつりうた三月朔も暮れて往く

まつりうた三月朔も暮れて往く  淨至
今日は三月朔(さんがつさく)の日 ついに三月に入った
昨日から一夜明けただけではある 
ついに冬が去り春への喜びと期待感は 大晦日から元旦に入った心情と
同じくらいの衝撃を受ける
夕方近くになり スーパーに買い出しに行く
店内は ひな祭りの歌が繰り返し流され 関係のコーナーには
多くの関係商品が山積みされていて 気分をあおっているようだ
毎年の事だが 最近の季節感はスーパーから発生させているようで
どうも興ざめてしまう
帰ると 庭の沈丁花の木に小さな白い花が咲いているのを見つける
一つだけであるが スーパーのひな祭りの歌よりも 
暖かい春の期待感が胸一杯に広がるような 嬉しさを感じた
今日 三月朔の日も暮れようとしている 
桃の節句 ひな祭りの日がもうすぐだ

見返る日々

足早の見かえる日など二月尽

足早の見かえる日など二月尽   淨至
今日は二月尽 二月も最終日であることにニュースで気がつく
そうか今年もすでに二ヶ月が過ぎて 明日からは三月である
三月と聞くと それとなく暖かく感じるのは私だけではあるまい
年末年始から今日までの気忙しかったこと見返るに
大いに考えさせてしまう日でもある
画像は俳句とは関係無いが 鳥取市浜坂の犬塚を撮影した
昔 この付近は20m幅くらいの川であった
しかし向こう岸に渡るのに 一本の丸太橋しかなく危険で
雨が降れば 渡ることができなかった
それに因幡から但馬に抜ける街道でもあり 旅人は難儀していたという
それを見かねた近くの農民が 安全に渡れる橋を架けるため
付近の人たちと旅人から浄財を募ったという
暇があれば浄財箱を持って街道に立って浄財をお願いした
その時に一緒に連れてきた犬にも小さな浄財箱を背中に背負わせたという
犬も金を入れると しっぽを振って喜んだという
その評判を知った人たちは 感心して喜んで金を入れたということだ
やがて橋が完成して みな安全に渡れるようになり犬に感謝した
暫くして犬が死んでしまったので 人々は橋のたもとに墓を作って手厚く葬った
いつしか この橋を【犬橋】と呼ぶようになったとか
そして現在は画像のとおり 犬の墓は【犬塚】と呼ばれ
橋も近代的なものになり 毎日数え切れない程の人や車が通り
犬の恩得をあずかっているが 如何ほどの者がその事を知っているであろうか​

春装

春装もまといし風の召すがまま行雲流水花もうつろい

春装もまといし風の召すがまま
    行雲流水花も移ろい    淨至
郊外の田園地帯で菜の花を見つける 春はそこまで来ているのかと思わずにいられない
これは誠に嬉しいことではある 同時に花の命は短くてで始まるの詩があるが
時節の移ろいとともに 菜の花も散り次の花が咲き出すことは自然の理である
まさに春の装いも夏への装いの始まりであり 自然の摂理では これに逆らうことはできない
仏法の教えに紹介されている 行雲流水 という漢詩がある
直訳すれば 雲は行き水は流れる と読む
何でも古代中国の偉い哲学者の唱えた漢詩で これを仏法に取りいれたらしい
これを深読みすると 雲は風の吹かれるままに行き 水も高い所から低い所へ流れる
これに逆らうことはない 人間も自分の欲望・不満等の煩悩を捨て素直に生きれば
幸福な人生を送れるではないか という問いかけである
そして花も素直に移ろっているから 美しいのである
ちょっと気取った短歌なってしまった 恥ずかしや

雨水の風にゆれて

ゆらゆらと雨水の風の榛の木のまさか花とは思わざるなり

ゆらゆらと雨水の風の榛の木の
まさか花とは思わざるなり   淨至
公園の隅に変な木を見つける 写真の通りなんかの実に見える
撮影して帰って図鑑で調べると 榛の木(はんのき)という名と分かる
ところがウコギの仲間らしいが これが花と知り ビックリである
風になびきながらゆれている 細長い房のようなものが雄花であり
隣に見える焦げ茶色の丸い実が雌花と知りまたビックリ
それも 多くの花が集まって一つの穂を形成しているとか
まことに奇妙な花である
池とか河とか 水辺の近くに2月から3月にかけて咲くらしい 
和歌では【ハリの木】と詠まれていて 昔から親しまれていたようだ 

春を待つ水鳥

北便り鳥も知りたき春の報

北便り鳥も知りたき春の報  淨至
もう四日も続いた冷たい雨が 今日の昼過ぎには止み青空を見る
久しぶりの陽光に 湖山池の水鳥たちものんびりと水面に羽根を休めている
さしずめ北への旅立ちを 相談しているのかも知れない
天気予報で北国はまだ雪模様とか 

虚しき実南天

山寺の春は名ばかり雪は舞い虚しさばかり南天の実は

雪は舞い春は名ばかり山寺の
     虚しさばかり南天の実は  淨至
今日も寒い雨が一日中降り もう3日も続いている 山間部は粉雪が舞っている
山寺は積雪もあり 春とは名ばかりである
みな早春の草花を待ち望んでいるのだが 南天の実だけが存在感を出している
せっかくの 赤い色も虚しさばかり やはり南天の実は冬のものなのだ ​

庭掃除

小坊主のほうきを留らせ雪のひま

小坊主のほうきを留らせ雪のひま  淨至
画像は昨日 有楽椿を撮影したが そばにあった小坊主の像
雪を頭にのせた姿が あまりにも可愛いので撮影した
季語の【雪のひま】とは 
早春の野山とか庭で木々の根元の回りの雪だけ溶けて土が見えてる様子
小坊主も これでは掃除に困ったのでは

有楽椿

愛の日の椿の花の春浅し希望のかおりかすかに放ち

愛の日の椿の花の春浅し
    希望のかおりかすかに放ち  淨至
今日は聖バレンタインデーとかいうチョコレートの日
日本の年間のチョコレートの3割は この聖バレンタインデーに消費されるとか
関係業者は売り上げを伸ばそうと 工夫こらして販売しているらしい
私はチョコレートはあまり食べれない 食べるとすぐに胃から熱い物がこみ上げてくる
いわゆる胃酸過多の症状で胸焼けがするからだ
若いときは平気であったのだが 年はとりたくないものだ
もっとも 後のホワイトデーで高く付くから 受け取るのも考え物だ
今日の新聞に有楽椿が見頃になったと紹介されていたので 撮影に行く
たしか1月25日にも見学してブログに掲載させていた その続きになる
ほぼ8割が咲いていて 満開に近かった ちょうど寒波のあとで雪をいただいていた
山間部に近いお寺である 気温2度とちょっと寒い 寒気がしたのですぐ帰るが
それにどうも腰痛がでて やけに身体が動かし辛いので整体に行かなければ

印す

建国日いつもの通り時流る想ざる事何に印せば

建国日いつもの通り時流る
        想わざる事何に印せば  淨至
今日は建国記念日 昔は紀元節とか言ってたようだが
なんでも神武天皇(初代天皇)が即位した日が2月11日なのだそうだ
それから数えて 皇紀2679年となる
今年の5月1日より改元されるから 平成31年はあと2ヶ月と17日残すのみ
新元号はなんとなるか 大いに気になる日である
建国記念日といっても 個人的に何をするわけではないが いつもと変わらないまま
一日が終わろうとしている
建国日は古事記に記されているから これが根拠になっている
では個人的な出来事はどう記録し残せばいいのか
昔なら 日記や日誌などが 古文書として残されているからこれを読めばよい
現代なら日記とはさしずめブログになろうか
拡大解釈すれば 手紙とか葉書による便りなんかも日記または日誌と考えられる
年賀状とか寒中見舞い それに時節柄の余寒見舞いなども良い例であろう
私事ではあるが 自作の俳句を一句挿入させて今年の年賀状とした
毎年の同じような賀詞と存問言葉ではマンネリ感があったので
そして 号である淨至の落款印を署名捺印して気取ってみたが
画像の落款印は石に彫っている ちょっと高く付いた
小さい方の9ミリ角は主に葉書に 大きい方の12ミリ角は手紙用である
ついでに封緘印も作ったが これが押したいがため何かと便りを出そうかと機会を
伺っている
落款印には朱印と白印があるが 説名は次の機会としよう

陽だまり

薄目ねこ陽だまりせしめ春浅し

薄目ねこ陽だまりせしめ春浅し  淨至
画像は天気の良かった昨日の撮影
陽だまりの中 スノードロップの花を見つける 日本名は待雪草と呼ぶ
西洋では春の到来を告げる花として親しまれているらしい
わが国の梅の花に相当するのかも
この時期 猫は少しでも暖かい場所を探して彷徨う
寒い日はすぐに炬燵の上に、中にへと場所を占領してしまう
昨日は暖かい日和 我が家の小屋根の日当たり良い場所を猫が占領していた
どっかの飼い猫だろうが 逃げようとしない 
叱ってもこちらに薄目の頭を向けて軽くニャーと鳴いて知らん顔
よっぽど気持ちよい陽だまりなんだろうか ほっとく事にした
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