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  開設 2017年10月9日 心に思うがままに                                                                 

雨水

市役所にて

ろうばいや数字もおどる納税期

ろうばいや数字もおどる納税期   淨至
蝋梅の花を見つける、盛りは少し過ぎているが。
しかし、季語は冬になるから使うことはできない。
今日は確定申告に市役所まで行った。
ところがすでに長蛇の列で、受付をして一時間半も待って、やっと順番が来た。
ささやかな節税のために、関係書類の数字とにらめっこに狼狽してしまう。
係官の前に座って書類を提示しながら説名、そして20分足らずで終了。
市役所を後にして帰ったら急に疲れが出て来た、毎年のことだが。
一休みをして、慌てふためく狼狽と花の蝋梅を引っかけて一句詠んでみた。

ひな祭りの日にて

雛に日の花はちがえどまんさくの心は桃の花園にたち

雛の日の花はちがえどまんさくの
       心は桃の花園にたち  淨至
今日は桃の節句 と言ってもなにかお祝いをするわけでもないが
遠い昔に 近所の女の子のから おすそ分けに雛アラレをもらって食べた記憶があるだけ
あまり美味いとも思えないが まあおやつ代わりにはなった
最近の雛アラレはどんな味であろうか 子供のいない我が家では 縁のない行事である
公園を訪れてみると 早春の花である満作に気が付いた
どうやら志那満作であろうか ひな祭りの日であるから桃の花を期待していたが
ここ山陰では 桃の花が咲くのは 早くても彼岸の頃である 暖冬といえどまだのはずだ 
店頭で見かける桃の花は どっかの暖かい地域から入ったものであろう
旧暦の三月三日のひな祭りは  今年は新暦の四月七日である
やはり俳句も古来より続く行事も旧暦にはめると季節感がよくあう
せっかくだから 気分だけでも桃園に立っていることにして 一首詠んだのだが
旧暦のひな祭りの日には【流し雛】の行事が行われる鳥取市用瀬町は有名である

沈丁花の花が咲く

まつりうた三月朔も暮れて往く

まつりうた三月朔も暮れて往く  淨至
今日は三月朔(さんがつさく)の日 ついに三月に入った
昨日から一夜明けただけではある 
ついに冬が去り春への喜びと期待感は 大晦日から元旦に入った心情と
同じくらいの衝撃を受ける
夕方近くになり スーパーに買い出しに行く
店内は ひな祭りの歌が繰り返し流され 関係のコーナーには
多くの関係商品が山積みされていて 気分をあおっているようだ
毎年の事だが 最近の季節感はスーパーから発生させているようで
どうも興ざめてしまう
帰ると 庭の沈丁花の木に小さな白い花が咲いているのを見つける
一つだけであるが スーパーのひな祭りの歌よりも 
暖かい春の期待感が胸一杯に広がるような 嬉しさを感じた
今日 三月朔の日も暮れようとしている 
桃の節句 ひな祭りの日がもうすぐだ

見返る日々

足早の見かえる日など二月尽

足早の見かえる日など二月尽   淨至
今日は二月尽 二月も最終日であることにニュースで気がつく
そうか今年もすでに二ヶ月が過ぎて 明日からは三月である
三月と聞くと それとなく暖かく感じるのは私だけではあるまい
年末年始から今日までの気忙しかったこと見返るに
大いに考えさせてしまう日でもある
画像は俳句とは関係無いが 鳥取市浜坂の犬塚を撮影した
昔 この付近は20m幅くらいの川であった
しかし向こう岸に渡るのに 一本の丸太橋しかなく危険で
雨が降れば 渡ることができなかった
それに因幡から但馬に抜ける街道でもあり 旅人は難儀していたという
それを見かねた近くの農民が 安全に渡れる橋を架けるため
付近の人たちと旅人から浄財を募ったという
暇があれば浄財箱を持って街道に立って浄財をお願いした
その時に一緒に連れてきた犬にも小さな浄財箱を背中に背負わせたという
犬も金を入れると しっぽを振って喜んだという
その評判を知った人たちは 感心して喜んで金を入れたということだ
やがて橋が完成して みな安全に渡れるようになり犬に感謝した
暫くして犬が死んでしまったので 人々は橋のたもとに墓を作って手厚く葬った
いつしか この橋を【犬橋】と呼ぶようになったとか
そして現在は画像のとおり 犬の墓は【犬塚】と呼ばれ
橋も近代的なものになり 毎日数え切れない程の人や車が通り
犬の恩得をあずかっているが 如何ほどの者がその事を知っているであろうか​

春装

春装もまといし風の召すがまま行雲流水花もうつろい

春装もまといし風の召すがまま
    行雲流水花も移ろい    淨至
郊外の田園地帯で菜の花を見つける 春はそこまで来ているのかと思わずにいられない
これは誠に嬉しいことではある 同時に花の命は短くてで始まるの詩があるが
時節の移ろいとともに 菜の花も散り次の花が咲き出すことは自然の理である
まさに春の装いも夏への装いの始まりであり 自然の摂理では これに逆らうことはできない
仏法の教えに紹介されている 行雲流水 という漢詩がある
直訳すれば 雲は行き水は流れる と読む
何でも古代中国の偉い哲学者の唱えた漢詩で これを仏法に取りいれたらしい
これを深読みすると 雲は風の吹かれるままに行き 水も高い所から低い所へ流れる
これに逆らうことはない 人間も自分の欲望・不満等の煩悩を捨て素直に生きれば
幸福な人生を送れるではないか という問いかけである
そして花も素直に移ろっているから 美しいのである
ちょっと気取った短歌なってしまった 恥ずかしや

雨水の風にゆれて

ゆらゆらと雨水の風の榛の木のまさか花とは思わざるなり

ゆらゆらと雨水の風の榛の木の
まさか花とは思わざるなり   淨至
公園の隅に変な木を見つける 写真の通りなんかの実に見える
撮影して帰って図鑑で調べると 榛の木(はんのき)という名と分かる
ところがウコギの仲間らしいが これが花と知り ビックリである
風になびきながらゆれている 細長い房のようなものが雄花であり
隣に見える焦げ茶色の丸い実が雌花と知りまたビックリ
それも 多くの花が集まって一つの穂を形成しているとか
まことに奇妙な花である
池とか河とか 水辺の近くに2月から3月にかけて咲くらしい 
和歌では【ハリの木】と詠まれていて 昔から親しまれていたようだ 
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